変わった誕生をした食べ物【後編】

前編では海外を舞台にしたお話でしたので

後編では、日本の食べ物に関してのお話をしたいと思います。

美食の国といわれるくらいですからたくさんの誕生説が期待できそうですよね。

●ビーフシチューの変わりに考案された肉じゃが

日本帝国海軍が広めた料理として有名なのがカレーライスですが、他にももう一つあります。それが『肉じゃが』。肉じゃが発祥説にはいくつかあるのですが、有名なのが日本海軍のリーダーのひとりであり、日清日露の戦争で大活躍をした東郷平八郎が、ある日、艦上でイギリスに留学していたころ食べたビーフシチューを食べたいと、コックにいったところ、残念ながら材料がなく、またコックにビーフシチューの知識がなかったため、あり合わせの材料でビーフシチューをイメージしたものを作ったのがはじまりという説があります。しかしまあ、この時代には限りなくビーフシチューに近いハヤシライスも誕生しており、コックに知識がなかったかどうかは疑わしいところ。ただ、デミグラスソースの材料がなかったということはあるかも知れません。

先ほど海軍が広めた料理にカレーライスがあると述べましたが、この肉じゃがの材料とカレーの材料は、かなりの部分で共通するんです。このカレーの材料をひと工夫してできたのが肉じゃがだったのかも知れませんね。

●神戸牛がおいしいと評判になったワケ

太古の昔、日本人は普通に肉食をしており、時には牛を食べることもあったのですが、仏教が伝来してから肉食をあまりしなくなり、牛は食べられることはありませんでした。

それが明治になり海外との交流が再開されると、日本人も徐々に牛肉をたべるようになりました。そんな明治時代、神戸牛は日本にやってくる外国人たちに「美味しい」と評判となったのです。神戸といえば港町。はるばる海外からやってきた外国の人たちは、神戸に上陸して神戸の牛に舌鼓を打った……わけではありません。外国のみなさんは、神戸で神戸牛を食べていたわけではないのです。

じゃあどこで食べていたかというと、実は横浜なんです。お肉っていうのは、牛をツブしてすぐに食べたりすると、硬くて味も悪くて、全然美味しくないんです。牛肉は、ツブしてから数日~2ヶ月くらい熟成させてから食べると、肉が美味しくなるのです。つまり神戸牛が評判になったのは、神戸でツブした牛肉が船便で横浜に運ばれていくうちに熟成され、ちょうどいいときに外国の人たちが食べて大評判になったというわけなのです。

それにしても、食べ物の歴史っておもしろいものですね。

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